つかれた、、

こんばんは、だるまです。

 

うーん。

私6月くらいからずっとねちねち自己分析じみたことをやっているのですが、

絶対これがやりたいとか全然ないんですよね。

自分が他人より秀でているところか、ないし。笑

 

インターンとか、早いところは始まっている本採用とか、

先週2つ一気に落ちまして。

昔から思い詰めやすいタイプなので、

今後の就活がかなり不安です。

 

ところで、

私は小さいころかなりの引っ込み思案で、

特に中学に上がる前までは、周囲から見るとかなり暗い人間でした。

でも幼稚園に上がる前、

家の前で近所の子供たちと楽しくはしゃいでいた記憶もあり、

自分はいつから喋らなくなったのか、ずっとわからないままでした。

中学か高校の頃、一度母親に尋ねたことがあったのですが、

あからさまに機嫌が悪くなり、

ああ、これは聞いてはいけないやつだ、と悟って以来、

ずっともやもやしていました。

 

でも昨日、

自己分析をする上でやはり大人しい子どもになった経緯を知らないといけない

という結論に達し、

思い切って実家に電話をかけてみました。

 

すると、母は今度は答えてくれました。

 

母が流産をしたとき。

私は幼稚園に上がる前です。

精神的に参ってしまい、外に出ることがままならなくなってしまったそうです。

そして私を外で遊ばせることをしなくなってしまったと。

それを機に、私は他の子どもたちとどうかかわっていいのかわからなくなったのでしょう。

外ではほとんど喋らない子になってしまったというわけです。

 

母は電話口で泣いて謝っていました。

私も気が付けば泣いていて。

電話の途中で、家の窓から外で遊んでいる友達を眺めていた記憶が急に戻ってきました。

そうか、そうだったんだ。

あれは、そういうことだったんだ。

 

母を責めるような気持ちはまったく起こらず、

ただただ長年の疑問が解消されたことに感動していました。

 

それと同時に、

私って、けっこう強い子だったんだなとも思いました。

急に友達と遊ぶことを禁止され、戸惑ったと思います。

それでも、それについて辛かった記憶とか一切ないんですよね。

強かったというか、ただただお母さんのことが大好きだったのかな。

 

幼稚園に上がった私は、

あまりにも喋らないので

幼稚園の担任の先生から「他の子とちがう」

と言われたりしたそうです。

そういった言葉がまた母を苦しめ、

その苦しみが母からの言葉の暴力として私に当てられてたこともあります。

 

母も、辛かったろうなと思います。

自分のせいで子供が他人とのかかわり方のわからない子になり、

周りからそれを指摘される。

そしてまた自分を責める。

 

つらいつらい負のループだったんだろうなあ。

私も、自分の不器用な性格のせいで、

辛い思いをしたこともわりとありました。

でも、今は周囲と何ら問題なくコミュニケーションが取れるようにもなりました。

根暗なところは変わっていないけど。笑

 

そして、私は家族が大好きです。

母親のようになりたいとは思わないけれど、でも好きです。

 

人間って弱いですよね。

でも弱くていいんだなって、なんとなく思います。

 

就活が上手くいかなくて、そのたびに死ぬほど悩んでも、

それでもいい。大丈夫。

 

私は私の存在を認めてあげられるし、

知らない人に認められなくたって自分の人生を誇りに思っていることに変わりはありません。

私はこれまで強く生きてきた。

すぐに悩むし思い詰めるし、

やりたいこともないし秀でているところもないけど。

だけど、それでもここまで生きてこれた。

そんな、弱くて強い自分が好きです。

そしてそんな私を形作ってくれた両親が大好きです。

 

 

 

なんだかまとまりませんが、

今日はここらへんにしておこうと思います。

 

それではまた明日!